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名古屋・赤松英司(41)/小笠原智之(44)さん刺殺事件・佐藤俊彦(38)だけが悪かったのか?の巻 [社会派]

6月24日夜、名古屋市北区の路上で会社員の赤松英司さん(41)と
同僚の小笠原智之さん(44)がナイフで刺されて死亡した事件。

事件当日の夜、赤松さんら2人は酒を飲んだあと
佐藤俊彦(38)の自宅の前へ。

その後、佐藤俊彦(38)の自宅の防犯カメラに向かって
大声を上げるなどして、それがきっかけで口論になり
事件へと繋がったといいます。

事件の現場は名古屋市北区西味鋺一丁目住宅街の路地。
南に100メートルほど離れた場所に赤松さんが住むマンションと
その向かいに佐藤俊彦(38)の自宅があります。

この地域では、車へのいたずらやゴミ出しについてなどの
近所トラブルがあったという。

町内会の役員を務めていた赤松さん。
近所の人によりますと度々、周辺住民とトラブルを起こす
佐藤俊彦(38)を普段から気にかけている様子だったといいます。

司法解剖の結果、近所に住み佐藤俊彦(38)とトラブルを
抱えていたとみられる赤松さんの体には
小笠原さんよりも多くの刺し傷があったといいます。

逮捕後の黙秘から一転、ここに来て犯行を認める供述を
始めているという佐藤俊彦(38)。
警察が事件の経緯を更に詳しく調べています。

                 引用元 東海テレビ
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無職・ひきこもり。

当初の報道とは風向きが変わってきたぞ。

確かに刺し殺したほうが悪いのはごもっともである。

しかし、加害者側からこの事件を見てみれば・・・。

ただ、仕事をしていない、自宅にいるというだけで「変わり者」扱い
されていた加害者。

近隣トラブルというのだが、
■被害者が加害者側の自宅前を無断で駐車場がわりに使っていた。
 前々からそれで揉めていたが、車を停めるのをやめなかった。

■20匹以上の野良猫に餌付けしている!と、
 町内会でやり玉にあげて加害者を攻撃していたが、
 実は餌付けしていたのは、佐藤俊彦(38)の隣の住人だった。

■無断で佐藤俊彦(38)の自宅前にゴミ収集所を変更していた。
 (これは怒るやろ?)。

■事件当日、酒に酔った2人がいきなりやって来て、
 大声で怒鳴りはじめた。

・・・これでは恐怖を感じた加害者が、凶器を持って
表に出てきても責められないのではないか?。
殺られる前に殺れ・・・そう思っても仕方ないのではないか。

殺られたほうは話し合いをしにいった「だけ」というが、
酒をくらって、夜間に路上で怒鳴って呼びだす・・・。
これ、話しあいの出来る状況なのか?。

事件とは両方の言い分を聞いたうえで判断しなければ、
一方的な報道ではなにも見えてはこない・・・。
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神奈川・妻を絞殺後、両足を切断!平塚海岸に投棄した26歳の旦那を逮捕の巻 [社会派]

神奈川県平塚市の海岸で27日に両足を切断された
若い女性の遺体が見つかった事件で、
川崎市に住む26歳の男が「遺体を海に捨てた」と
警察署に出頭していたことが分かりました。

出頭したのは、川崎市宮前区に住む26歳の男です。
捜査関係者によりますと、午後に男が川崎市内の警察署に
出頭して「遺体を平塚の海に捨てた」「首を絞めて殺した」
などと話していたことが分かりました。

女性の遺体は朝に平塚市の海岸で見つかり、
全裸の状態で両足がひざの上付近で切断されていました。
遺体は男の妻とみられています。

警察は死体遺棄などの疑いで捜査していて、
男の話の裏付けを慎重に進めて容疑が固まり次第、
男を逮捕する方針です。

            引用元 テレビ朝日ニュース
無題.jpg

ただ殺しただけでは飽き足らず、
裸にむいて、両足を切断、さらに海にポイ捨て・・・。

一体、この嫁がなにをしたというのだろう・・・。

まだ20代前半の娘なら親御さんもご健在であろうに。

実名報道され次第、追記いたします。
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2020年東京パラリンピックに大和高田市から出場内定・仲喜嗣さんの巻 [名物さんご紹介]

病気で四肢の自由を失いながら、40代でアーチェリー競技を
始めた大和高田市市場の仲喜嗣(よしつぐ)さん(58)が
6月、来年の東京パラリンピック代表に内定した。

日本身体障害者アーチェリー連盟の強化指定選手として
最年長記録を更新し続け、来年の本番には還暦を迎える。

「この年になるまで自分の挑戦を支え続けてくれた妻に
恩返しできる貴重な機会。悔いの残らないよう、
しっかり練習したい」と意気込む。

仲さんは会社員だった30代前半で
「AAA(トリプルエー)症候群」を発症。
全身の筋力が低下する原因不明の難病で、
仲さんもだんだんと歩きづらくなり、交通事故なども重なって
数年後に車椅子生活になったという。

「歩けなくなったときはショックも受けたが、
生活もしないといけない。落ち込んでいる余裕はなかった」。
奈良労働局に再就職して懸命に働いた。

アーチェリーに出会ったのは2005年ごろ。
水泳やテニスなどにも挑戦したが、弓ならば健常者とも
互角に戦えることが魅力だったという。

40代での挑戦に不安もあったが、「やれるのは今しかない。
数年で芽が出なければあきらめる」と妻の奈生美さん(51)を
説得した。

還暦を目前にした仲さんには残された競技時間は少ない。
奈生美さんは「今回が最後の大舞台かもしれない。
悔いのないよう私も最後まで応援したい」と話している。

          引用元 毎日新聞奈良版(画像とも)
          撮影 稲生陽記者
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いくつになっても、「遅い」ということはないんやな、と
考えさせてくれる、障害を持つ者にとって実に良い
生きる指針となる朗報。

でも、すべての障害者がこのようにうまく生きられる訳はない。
この方は病気になられたのは不幸だったが、
奈良労働局に再就職できたのも、アーチェリーに出会えたこと、
これは幸運だった。もちろんご本人のご努力が大きいのだが。

普通のモンは名のあるところに就職することが、まず出来ない。
日々を過ごすことに必死でほかに目が行かない・・・。

よい前例を作ってくれた方に感謝しつつ、
我々は今日もがんばって生きていこう。
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